GUNMA INNOVATION AWARD

米国研修ツアーレポート

群馬イノベーションアワード(GIA)の米国シリコンバレー研修が4月26日から30日まで行われ、
2015年度GIAの入賞者や協賛企業経営者ら32人が世界最先端のIT企業、ベンチャーキャピタル、起業家育成の施設を訪ねた。
社会に変化をもたらし続けるシリコンバレーで、成功する人の傾向、技術の水準、スタッフの資質などを研修。
世界中から集まった才能あふれる野心家が、失敗を恐れずに挑戦し、
巧みに人脈を築いてイノベーションを起こしていることが分かった。

 便利で刺激的中心街へ移動
デジタルガレージUSで事業概要を聞く研修参加者

「あれがテッキーと呼ばれるIT企業のエリートたち。20代でも高給取り、マンション高騰を引き起こしている張本人です」。サンフランシスコの中心街。在住30年という男性ガイドがリュックに自転車で通勤する若者のグループを指さした。

かつて中心街から30~70キロ程離れたシリコンバレー周辺に集中していたITベンチャーや起業を支援する会社は中心街に移りつつある。グーグルやアップル、フェイスブックといった大手のIT企業が中心街―シリコンバレー間で従業員専用の通勤バスを何台も走らせる一方、中心街での自転車通勤も近ごろ増えているという。

ハードからソフト開発に軸がシフトする中、生活に密着したサービスを考えるには、人や店が集まる中心街のほうがアイデアが出やすいのが理由という。 見学したデジタルガレージUSやドロップボックスも中心街にある。デジタルガレージUSは日本ベンチャーのグローバル展開を支援する機能を目指しており、吹き抜けのオープンスペースに個人やグループ向けの机を置き、同じ志を持った起業家や技術者に交流や作業の場を提供している。
参加者の中には「便利で刺激的な環境が魅力」と、デジタルガレージへの入居を検討する動きも出ていた。

起業を促す情報や人的支援の仕組みが集まるインキュベーションオフィス「プラグ・アンド・プレイ」を視察する参加者

起業チームの人間力で判断

「会社立ち上げの時に見るのは、ビジネスの内容より起業家の人となり。まず荒波に耐えていけるか、ということ。起業家の隣にいる人(共同経営者)も重要になる」。ベンチャーキャピタル、サンブリッジ取締役シリコンバレーオフィス統括の川鍋仁さんは起業するチームの人間力で投資するか、見送るかを決めるという。

「ギブ・アンド・テークをうまく実践できるか」「コミュニケーション力があるか」。いくつもの起業の成功例、失敗例を見てきた現地の専門家たちは異口同音に起業には人間力が重要だと指摘した。世の中を便利にしたり、仕事の効率化を進めるいくつもの情報産業の仕掛けは、着想以上にそれをビジネスとして世に送り出す情熱や人とのつながりを生かす工夫が明暗を分けているようだ。

イノベーションを生み続けるシリコンバレーの気風を説明する松尾正人・九州大カリフォルニアオフィス代表
世界一流のワインを生産するナパバレーのブドウ畑を見学する参加者
専門家が講義変化に対応する能力を
多くの起業家を輩出し、シリコンバレー成長の鍵を握ってきたスタンフォード大を視察。いくつものイノベーティブな物が生まれたという「Dスクール」は開放的な吹き抜けの空間に、議論のためのテーブルやホワイトボード、工作用具、工業用ソフトの入ったパソコンなどが点在していた

研修では連日、さまざまなテーマで専門家の講義を聴いた。九州大カリフォルニアオフィスの松尾正人代表は米テスラモーターズが躍進する電気自動車ビジネスにグーグルやアップルなど名だたるIT大手が参入している点に着目。「どの会社も次は何か、と必死で見つけ、電気自動車に力を入れている。業界は2020年ごろに大きく変わる」と電気自動車の開発合戦が今後の焦点だと強調した。

日本企業と連携して起業家を育成するWiLの伊佐山元共同創業者CEOはベンチャー経営者と多く接してきた結果、成功する資質として①自分の強みを知り、自信を持っている②自信の一方で臆病③社長自らグローバルに動き回る④仕事だけでなく、面白みのある人柄―といった特徴を指摘した。

在サンフランシスコ日本国総領事館の田坂克郎専門調査員は約100年前に本格化した日系移民の歴史を振り返り、「シリコンバレーで働くエンジニアの6割以上がアジア人を中心とした外国人。日系人が多様な文化の下地をつくったおかげでうまく受け入れられている」と日系人の功績を強調した。

クラウドサービスのエバーノート日本法人、外村仁会長はグローバル社会で競争に勝つためには変化に柔軟に対応する能力が欠かせないとし、変化を邪魔する人の特徴を「いたずらに知識量が多く、自分でやらずに部下任せ。部下の失敗の理由を探し、私は聞いていない、と逃げの発言をよくする人」と分析。「そんな中間管理職は要注意」と意識改革を求めた。

日本の大手企業と連携して起業家育成を図るWiLで「失敗を恐れるべからず」と強調する伊佐山元共同創業者CEO
「10年前の価値観は通用しない」と社会が変化するスピードを指摘するエバーノート日本法人の外村会長

ネットで「母の味」仕送り
入賞の女子大生、起業報告

起業した「かあちゃんのまごころ」のビジネス概要を説明する(右から)根岸さん、中野さん、飯塚さん

GIA2015で入賞した共愛学園前橋国際大4年の根岸リインさん、飯塚真央さん、中野里美さんの3人がサンフランシスコの研修中、参加者に起業したことを報告し、入賞時からブラッシュアップしたビジネス概要を発表した。

起業した会社は、親元を離れて暮らす大学生に親の希望する食事を提供するウェブサービスの株式会社「かあちゃんのまごころ」。食事を抜いたり、インスタント食品に頼る学生が多い中、「離れていても正しい食生活の支援ができる新しい仕送り」として考案した。

サービスに必要なオンラインの決済システムなど技術面は、GIAに協賛するソフトウエア開発のクライム(高崎市栄町、金井修社長)が支援。本社オフィスも吉岡町の同社事業所の一部を提供した。ほかにも複数の起業家が資金や経営ノウハウの提供で支援する。

スポーツジム、レストラン… 従業員に無料開放
新築移転のドロップボックス

クラウドサービスのドロップボックスが新築移転したばかりのオフィスを見学した。まず案内されたのはスポーツジム。有酸素運動や筋力トレーニングのマシンがずらりと並び、従業員に24時間、無料で開放している。

コーヒーショップや豪華なレストランもあり、約千人の従業員に毎日無料で提供している。コーヒーは豆から選んでその場でローストできる。金曜日の夕方からは「ウイスキーフライデー」として、バーを開放。案内役の山口敦史国際統括部本部長は「金曜日には仕事を終えた 仲間が次々と集まってきて、にぎやかに過ごす」と話す。

ギターやピアノを備えた趣味を楽しむ部屋、豊富な緑と開放的な青空が魅力の屋上は癒やしの空間だ。仕事をする机は使いやすい高さに調節でき、立ってパソコンを操る人もいる。「落ち着いて仕事を」と曲線で縁取られた空間に横長の机や一人用のボックス席が並ぶフリースペースもある。
他のIT企業でも似たような例が多く、これが米国ベンチャー理想の環境のようだ。

ドロップボックスのフリースペース。曲線を強調した空間におしゃれな長いすが置かれ、スタッフが一人、ゆったりとパソコンに向かっていた
コーヒーショップにはコーヒー豆を選んでその場でローストできる機械も備えられている

グーグル本社前に集合した研修参加者