
挑戦恐れぬ起業の聖地 米国シリコンバレー研修 一握りから世界席巻
起業家発掘プロジェクト「群馬イノベーションアワード(GIA)2024」(上毛新聞社主催、田中仁財団共催)の受賞者や関係者ら12人による米国研修が4月21~26日に行われた。世界の人材を引き寄せてスタートアップ(新興企業)が次々と誕生し、「起業家の聖地」とも呼ばれるカリフォルニア州シリコンバレー。挑戦者が集う街の空気に触れ、進化を続ける人工知能(AI)を応用したテクノロジー、生成AIを活用した新ビジネスの可能性を間近に感じた。
(角田隼也)
シリコンバレーでは毎年1万社ものスタートアップが生まれるという。この中の一握りが、企業価値10億ドル(約1500億円)以上の新興企業の代名詞「ユニコーン企業」に育ち、世界を席巻していく。
「逆に言えば、大半が失敗するんです」。日本企業の進出を支援する日本貿易振興機構(ジェトロ)サンフランシスコの吉田健次長が説明してくれた。失敗を経験だと前向きに捉える思考。それに、好機を逃さず挑む姿勢こそがイノベーションの原動力だという。
シリコンバレーの影響力は、地域の姿をも変える。スタートアップが求めるITエンジニアをはじめ、世界中から優秀な人材が引き寄せられ、賃金は全米屈指の高水準を誇る。こうした企業の大卒新入社員の平均年収は1千万円を超え、近隣のファストフード店従業員の最低賃金は時給20ドル(約3千円)に及ぶ。
高所得世帯の増加に伴い地価は上昇。サンフランシスコ市内ではベッドルーム一つのアパートは家賃30万円が相場という。シリコンバレー郊外では狭小な一戸建てでも2億円以上の値が付く。食料品をはじめとする物価も高騰している。
一方でコロナ禍以降、AI技術を活用したECサイトなどの発達により、コストのかかる対面販売を廃止する動きが加速し、実店舗の撤退が相次ぐ。同市の一等地にも空き店舗が目立ち、郊外の大型商業施設が次々と閉鎖。働く場を失い、路上生活を余儀なくされる人の増加が社会問題化しているという。
あらゆる課題をテクノロジーの力で解決しようとする世界屈指の技術革新の街は、隠しようのない格差や断絶を内包していた。
◎自動運転タクシー「ウェイモ」体験 AI解析 乗り心地快適
サンフランシスコ市内では無人の自動運転タクシーが実用化されている。検索大手のグーグルを手がけるAlphabet(アルファベット)傘下の自動運転開発企業「Waymo(ウェイモ)」が米国で展開する。専用アプリから発着点を指定すれば乗車できるという手軽さだ。
研修参加者は市中心部のホテルから、15分ほど離れた港湾エリアまでの乗車を体験した。予約からわずか数分で白色の車が到着。屋根やボンネット付近にカメラやセンサーを搭載しているが、洗練されたデザインでモダンな印象だ。
アプリで解錠して無人の車に乗り込み、どきどきしながら発車の指示を出す。ハンドルがくるくると回り出し、思いのほかスムーズに発車した。
出発から程なくして、信号機はないのに車が止まった。目の前の横断歩道を歩行者が渡り、やり過ごすと再び静かに走り出した。人工知能(AI)が歩行者の様子を分析し、横断すると判断したらしい。急ブレーキや急発進はほぼなく、他の車の流れに沿って走り、乗り心地は快適だ。予想時刻通りに到着した。
ウェイモの自動運転は、車載カメラで全方位の道路状況を把握し、GPS(全地球測位システム)の情報と合わせてAIが解析、運転操作を指示する。
ドライバーが不要なため24時間稼働でき、日本でも深夜や中山間地での移動に活用できるとして注目される。国内ではトヨタ自動車がウェイモとの協業を発表し、他にも事業化に向けた実証実験が都内で進められている。
◎入賞者5人、プレゼンや交流 目標に世界展開 刺激
研修にはGIA2024の入賞者5人が参加し、英語でのプレゼンテーションや現地スタッフとの交流を通じて、自らのビジネス構想のグローバル展開の可能性を探ったり、将来の起業への思いを強めた。
高校生以下の部で入賞した武蔵大1年の江戸美月さん(18)はプランを英語で説明した。「世界で活躍する日本人に会い、刺激を受けた。いつか日本を代表する企業家になりたい」と笑顔を見せた。
卒業後の起業を見据える大学生・専門学校生の部で入賞した慶応大4年の渡辺光祐さん(22)は英語で積極的に対話した。「ビジネスの本場で多くの気づきを得た。ユニコーン企業を目指して努力していきたい」と目を輝かせた。
ベンチャー部門で入賞した高崎市のヘルスケアスタートアップ企業「MU(ミュウ)」の村田悠典さん(36)は、シリコンバレーの技術革新の速度に驚いたといい、「潮流に乗り遅れないため、即断即決する力の重要性を学んだ」と満足そう。一般の部で入賞し、企業のDX化サポートを手がける渋川市の「デジタルスイッチ」の田中秀彰さん(38)は、事業に生かせる発見があったとして「持てる資源をどう生かすかで結果が大きく変わることを学んだ」と次の目標に照準を合わせた。
大賞を受賞した映画監督で脚本家の飯塚花笑さん(34)は独創的な考えや挑戦を続ける大切さを学んだとし、「多様な視点で物事を捉え、より良い作品づくりにつなげたい」と語った。
◎座学、現地投資家らから学ぶ 食、環境、貧困分野増えるテック企業
研修はウェイモの無人タクシーをはじめとする最先端の技術やサービスを生み出す空気を体感するとともに、座学や現地の投資家らと交流し学びを深めた。
シリコンバレーをけん引するのは、発達するAIやIoT(モノのインターネット)を駆使する「テック企業」だ。サンフランシスコを拠点に活動する起業家で投資家の外村仁さんは、食、環境、貧困といった分野やテーマでビジネスを展開するテック企業が増えていると解説した。
シリコンバレーで食に着目したスタートアップが10年以上前に誕生し、各国大手企業の相次ぐ参入の呼び水になったとし、「日本はその波に乗り遅れている」と懸念を示した。先端技術の活用は地方創生につながるとして「群馬から世界に誇るイノベーションやテック企業誕生を楽しみにしている」と述べた。
一行は、経済産業省が日本企業進出やスタートアップ支援を目的にシリコンバレーに設置した「ジャパンイノベーションキャンパス(JIC)」、ベンチャーキャピタル「WiL」、ロボット制御ソフトウエア会社「インオービット・ロボット・スペース」を視察した。
WiLではGIA入賞者3人が、考案したビジネスプランを現地に進出した企業の駐在員や現地スタッフに英語で発表。WiLの小松原威さん、SUBARU(スバル)の現地法人に勤務する前田大信さん、静岡新聞SBSグループシリコンバレーブランチの萩原諒さんが、現地での取り組みや自社が直面する課題、生成AIやサービスのトレンドなどについて説明した。
◎GIA米国視察団 (肩書・敬称略)
▽GIA2024受賞者 飯塚花笑(スタジオ6.11)村田悠典(MU)田中秀彰(デジタルスイッチ)渡辺光祐(慶応大)江戸美月(武蔵大)▽GIA協賛社 村椿仁(中央情報大学校)渡辺祐貴(ソウワ・ディライト)寺尾栄治(JTB)▽田中仁財団 田中仁▽上毛新聞社 高橋徹、羽鳥正人、角田隼也▽視察協力 静岡新聞社、ジェトロ群馬貿易情報センター
掲載日
2025/05/19